本願寺聖人親鸞伝絵 下 第四段
箱根霊告
聖人東関の堺を出でて 華城の路におもむきましましけり ある日晩陰におよんで箱根の嶮阻にかかりつつ はるかに行客の蹤を送りて やうやく人屋の枢にちかづくに 夜もすでに暁更におよんで 月もはや孤嶺にかたぶきぬ ときに聖人歩み寄りつつ案内したまふに まことに齢傾きたる翁のうるはしく装束したるが いとこととなく出であひたてまつりていふやう「社廟ちかき所のならひ 巫どもの終夜あそびしはんべるに 翁もまじはりつるが いまなんいささか仮寝はんべるとおもふほどに 夢にもあらず うつつにもあらで 権現仰せられていはく ただいまわれ尊敬をいたすべき客人 この路を過ぎたまふべきことあり かならず慇懃の忠節を抽んで ことに丁寧の饗応をまうくべし と云々
示現いまだ覚めをはらざるに 貴僧忽爾として影向したまへり なんぞただ人にましまさん 神勅これ炳焉なり 感応もつとも恭敬すべし」といひて 尊重屈請したてまつりて さまざまに飯食を粧ひ いろいろに珍味を調へけり
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