元の病院に帰ってきました。
二日で三回も救急車で移動なんて、有難い事です。
やっと、病室に入れてもらいました。
テッセンの部屋です。
ご本山の勤式指導所の輪袈裟が、鉄仙(テッセン)のアラベスク柄だったことを思い出します。
お坊さんらしい部屋だな
さっそく、診療プランの打ち合わせです。
覚悟していたつもりでも、たぶんこれが一生の内で一番つらい時間なのではないかと思います。
父は、いつ死んでもおかしくない状況なのに、何時もの様に
打ち合わせが終わって、弟にメールを送りました。
「父危篤ではない、けれど、今のうちしか喋れないと思う。」
思いっきり危篤なんですが、そう書きました。